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東京高等裁判所 昭和53年(ネ)3000号 判決

第三〇七〇号事件控訴人・

笠間一夫

第三〇〇〇号事件被控訴人(原告)

ほか一名

第三〇七〇号事件被控訴人・

有限会社山龍産業

第三〇〇〇号事件控訴人(被告)

(旧商号有限会社山龍青果)

第三〇七〇号事件被控訴人(被告)

東京海上火災保険株式会社

主文

一  一審被告有限会社山龍産業の本件控訴を棄却する。

二  原判決を左のとおり変更する。

一審被告有限会社山龍産業は、一審原告らそれぞれに対し、金一一六九万円及びこれに対する昭和五二年四月一日以降右支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

一審被告東京海上火災保険株式会社は、一審原告らそれぞれに対し、一審被告有限会社山龍産業に対する本判決が確定したときは、金五七五万円及びこれに対する右確定の日の翌日以降右支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

一審原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審を通じこれを三分し、その一を一審原告らの、その二を一審被告らの負担とする。

四  この判決は、一審被告有限会社山龍産業に対し金員の支払を命じた部分にかぎり、かりにこれを執行することができる。

事実

一審原告ら代理人は、頭書第三〇七〇号事件につき、請求を減縮し、「原判決を次のとおり変更する。一審被告有限会社山龍産業は、一審原告らそれぞれに対し、一六三三万円及びこれに対する昭和五二年四月一日以降右支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。一審被告東京海上火災保険株式会社は、一審原告らそれぞれに対し、五七五万円及びこれに対する昭和五二年四月一日以降右支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。」との判決並びに仮執行の宣言を、頭書第三〇〇〇号事件につき控訴棄却の判決を求め、一審被告ら代理人は、右第三〇七〇号事件につき控訴棄却の判決を、右第三〇〇〇号事件につき、「原判決中一審被告有限会社山龍産業の敗訴部分を取り消す。一審原告らの一審被告有限会社山龍産業に対する請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも一審原告らの負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上、法律上の主張、証拠関係は、一審原告ら代理人において、

「一 一審原告らの損害額についての主張を次のとおり改める。即ち、訴外亡政美の慰藉料を四〇〇万円、一審原告らそれぞれの慰藉料を三〇〇万円、弁護士費用相当の損害金を一審原告らそれぞれにつき一四八万円とする。そうすると、一審原告らそれぞれの損害額は一六三三万円となる。なお、一審原告らの一審被告東京海上火災保険株式会社に対する請求は、右損害金に相当する保険金のうちそれぞれ五七五万円とこれに対する昭和五二年四月一日以降右支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金の請求にとどめる。

将来得べかりし利益を事故当時の現在価格に換算するための中間利息控除の方法としてライプニツツ式計算法は、中間利息や遅延利息で問うている金銭の利用分について購買力の増殖を内容とするものではなく、単なる名目貨幣額の増殖で足りるとするものであること等不合理な点が多いから、右方法としてホフマン式計算法を採用すべきである。

二 正当な損害賠償額に見合う保険金を早期かつ確実に被害者に支払い、加害者の誠意を尽すという責任保険の目的、民事法の基礎にある正義、公平の観念からすれば、保険金債務は、損害賠償債務の履行期が到来すれば、保険金債務の履行期到来の要件も、履行遅滞の要件も満たす。客観的に損害賠償債務の履行期が到来すれば、そのことを保険会社が知ろうと知るまいと、発生した損害賠償債務に見合う保険金について履行期が到来したことになり、保険金債務は現在の給付義務になる。そして、保険金の支払がそれに遅れると、そのことを保険会社が知ろうと知るまいと、それからは履行遅滞になり、保険金債務について遅延損害金を加算して支払うべきことになる。本件普通保険約款は、保険の対象である損害賠償債務について事故の当事者である加害者と被害者との間で和解、確定判決等が成立することを求め、そうでなければ保険金の履行期は到来しないと定めているが、右責任保険の目的等から引き出される合理的関係に照らしその効力を有しない。そして、保険金の支払先は、損害賠償債務が履行されていない場合、その債権者である被害者になる。これは、加害者である被保険者が自己の資金を使うことなく保険金を使つて損害賠償債務を履行することが責任保険の目的となつているため、責任保険関係として本来的な姿になつている。しかるに本件普通保険約款は、損害賠償債務を履行していない加害者に保険金請求権を与えるものであつて、右合理的関係に照らしその効力も否定されなければならない。」

と述べ、一審被告ら代理人において、「右主張は争う。」と述べたほかは、原判決事実摘示と同一(ただし、原判決一〇枚目裏一行目の「間に約二・八メートルの」とあるのを削る。)であるから、これをここに引用する。

理由

一  本件事故発生の日時・場所・その態様、一審被告山龍産業の責任、一審原告らの損害についての当裁判所の判断は、左のとおり附加、訂正するほかは、原判決理由説示と同一(ただし、原判決一三枚目表冒頭から同二〇枚目裏四行目まで)であるから、これをここに引用する。

原判決一三枚目表末行から同裏一行目にかけての「原告らと同被告」及び同裏八行目から九行目にかけての「原告らと被告山龍青果との」をいずれも「当事者」と改め、同裏九行目から一〇行目にかけての「原告らと右被告間で」を削り、同一四枚目表六行目の「産業計」の次に「(右述のとおり亡政美は調理師専門学校に通つていたが、就職は将来のことに属するので、サービス業計は採らない。)」を加え、同表一〇行目の末尾「右」以下同一五枚目表九行目までを「昭和五二年四月から昭和五三年三月までは右収入から生活費としてその五割(右生活費の割合については当事者間に争いがない。)及びライプニツツ方式により年五分の割合による一年間の中間利息を控除すると、同期間の昭和五二年四月現在の亡政美の逸失利益の現価は一三〇万〇六九八円となり、また、昭和五三年賃金センサス第一巻、第一表によると、全産業計、企業規模計、旧中新高卒の平均年収額は二九二万一八〇〇円であることが認められるから、昭和五三年四月から四七年間は、右収入から生活費としてその五割及びライプニツツ方式により年五分の割合による右期間の中間利息を控除すると、同期間の昭和五二年四月現在の亡政美の逸失利益の現価は二五〇一万七六二〇円となり、右合計額は二六三一万円(一万円未満切捨)となる。なお、年五分の中間利息を控除するためライプニツツ式計算法を採用することは、交通事故の被害者の将来得べかりし利益を事故当時の現在価格に換算するための中間利息控除の方法として必ずしも不合理なものとはいえない(最二小判昭和五三年一〇月二〇日民集三二巻七号一五〇〇頁参照)。」と改め、同一五枚目表末行から同裏一行目にかけての「原告らと被告山龍青果との」を「当事者」と改め、同裏九行目の「被告山龍青果」を「被告ら」と改め、同一六枚目表三行目の「原告らと被告山龍青果との間において」及び同表五行目から六行目にかけての「右被告との間に」をいずれも削り、同一七枚目裏五行目の「損傷箇所」の次に「(前者はそのガソリンタンク及びマフラー各右側が押し潰され、後者はその左前部ステツプ下部に擦過痕が生じた。)」を加え、同裏末行の「原告らと被告山龍青果との」を「当事者」と改め、同一九枚目裏二行目の「原告らと被告山龍青果との」を「当事者」と改め、同二〇枚目表六行目の「原告らと被告山龍青果との間において」を削り、同裏三行目の「一〇五八万円」を「一一六九万円」と改める。

二(一)  一審被告ら間に一審原告ら主張のような昭和五一年度普通保険約款に基づく保険契約が締結されていることは、一審原告らと一審被告東京海上火災保険との間に争いがない。したがつて、一審被告東京海上火災保険は、一審被告山龍産業に対し、同一審被告が本件事故により一審原告らに対し損害賠償責任を負担することによつて被る損害を右契約に基づいて填補すべき義務がある。

(二)  一審原告らは、右約款中に被害者の保険金直接請求権を定めた条項は存しないところ、責任保険の目的等から司法的規制を加え、約款を補充して一審被告東京海上火災保険に対する保険金の直接請求を認めるべきであると主張するが、これを排斥すべきことは、原判決理由説示(原判決二一枚目表冒頭以上同二三枚目表九行目まで)のとおり(ただし、原判決二三枚目表二行目末尾に「以上のように解したからといつて、たやすく一審原告ら主張のごとく正義、公平の観念に反するものとはいえず、本件普通保険約款中その主張の部分の効力は否定されない。」を加える。)であるから、これをここに引用する。

(三)  そこで次に一審原告らの債権者代位権に基づく請求について判断する。

本件普通保険約款四章一七条によると、被保険者の保険者に対する保険金請求権は、損害賠償責任額について被保険者と損害賠償請求権者との間で判決が確定したとき又は裁判上の和解、調停もしくは書面による合意が成立したときに発生し、これを行使することができると規定されているから、右損害賠償責任額がいまだ確定していない本件においては、一審原告らは、一審被告東京海上火災保険に対し、現在の給付として一審被告山龍産業の保険金請求権を代位行使するに由ないものというべきである。

しかしながら、本件のごとく被害者が同一訴訟手続で加害者に対して損害賠償を請求するとともに、保険会社に対し加害者の保険金請求権を代位行使して保険金の支払を併せ請求し、併合審判のなされる場合においては、裁判所は、被害者の加害者に対する損害賠償請求を認容するとともに、被害者の加害者に代位してする保険金請求を将来の給付の請求としてその必要があるかぎり認容することができるものと解すべきである(弁論の全趣旨から、一審原告らの一審被告東京海上火災保険に対する請求には、かかる将来の給付の請求も含まれているというべきである。)このように解することは、本件保険契約の性質、内容になんら反するものではなく、右請求を排斥すべき実質的理由は見出し難い。しかるところ、一審被告山龍産業の一審被告東京海上火災保険に対する保険金請求権は、前記本件普通保険約款四章一七条から一審原告らの一審被告山龍産業に対する判決の確定と同時にその履行期が到来するものと解せられること(もつとも、保険金請求権の履行期は、通常の場合右約款四章一七条二項所定の保険金支払請求がなされ、同一八条所定の調査期間経過後に到来するものと解せられるが、保険会社が加害者とともに訴訟当事者として関与する本件のごとき例外の場合には、右条項にかかわらず、被害者の加害者に対する損害賠償請求を認容する判決が確定すると同時に保険金請求権の履行期が到来するものというべきである。)、一審被告らが一審原告らに対する損害賠償義務、保険金支払義務を争つていること、一審原告らの速かな救済が必要とされることを考えれば、引用にかかる原判決説示の本件普通保険約款一章四条の定めにかかわらず本件は予めその請求をなす必要がある場合にあたるものということができる。なお、一審被告山龍産業が無資力であることは、一審原告らと一審被告東京海上火災保険との間で争いがなく、また、本件のように一審被告山龍産業の一審原告らに対する損害賠償債務が未確定の間は一審被告山龍産業が一審被告東京海上火災保険に対して保険金請求権を行使しえないことは前記説示のとおりであるから、債権者代位権の客体である保険金請求権が既に適法に行使されているため代位行使しえなくなるという事態も起りえないし、右事態の発生を窺わせる証拠もない。

そうすると、一審被告東京海上火災保険は、一審原告らに対し、一審原告らの一審被告山龍産業に対する本判決が確定したときは、同一審被告の損害賠償すべき額の範囲内にある一審原告らの本訴保険金請求に応ずべき義務がある。

三  以上の次第であつて、一審原告らそれぞれに対し、一審被告山龍産業は一一六九万円及びこれに対する昭和五二年四月一日以降右支払済みに至るまで年五分の割合による遅延損害金を、一審被告東京海上火災保険は、一審原告らの一審被告山龍産業に対する本判決が確定したときは、五七五万円及びこれに対する右確定の日の翌日以降右支払済みに至るまで年五分の割合の遅延損害金を支払うべき義務があり、一審原告らの本訴請求は右の限度で理由があるからこれを正当として認容し、その余は理由がないからこれを失当として棄却すべきもので、したがつて、一審被告山龍産業の本件控訴は理由がないからこれを棄却し、右と趣旨を異にする原判決を右のとおりに変更すべく、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、九六条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小林信次 鈴木弘 河本誠之)

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